言の葉周遊(あきおの読書日記)

読んだ本、気になる言葉、詩を書いていきます

「地球」を見つけた詩人・貘さん

私的詩読 山之口貘
「地球」を見つけた詩人・貘さん

歩き疲れては/夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである(生活の柄)

この詩にあるような暮らしをしながら、貘さんは「地球」ととても親しくなる。

あの浮浪人の寝様ときたら/まるで地球に抱きついているかのようだと思ったら//僕の足首が痛み出した/みると 地球がぶらさがっている( 夜景)

貘さんの地球は観念的な地球ではない。足裏で感じる地球だった。
 1903年に沖縄本島で生まれた山之口貘さんは、様々な家の都合で東京へ出奔する。詩作を続けながら1923年の関東大震災にも遭遇。いったん帰島後、再度上京し、詩人、放浪者として暮らすようになる。
その頃の詩に味わい深い作品が沢山ある。ユーモアがある。借金を重ねていった貘さんは次のような詩を書く。「食人種」と題された詩は次のような書き出しで始まる。

齧った/父を齧った/人々を齧った/友人達を齧った/親友を齧った/親友が絶交する/友人たちが面会の拒絶をする/人々が見えなくなる/父はぼんやり坐っているんだろう/街の甍の彼方/うすぐもる旅愁をながめ/枯草にねそべって/僕は/人情の歯ざわりを反芻する

 苦しい暮らしを営みながら、泣きごとを歌わない。嘆かない。怒らない。力みがない。詩は苦しい暮らしにも関わらず、味わうように書かれていく。力みのなさはは「主義」に対する貘さんの詩に現れる。

 アナキストですか/さあ!と言うと/コミュニストですか/さあ!と言うと/ナンですか/なんですか!と言うと/あっちへ向き直る //この青年もまた人間なのか!まるで僕までが なにかでなくてはならないものであるかのように なんですかと僕に言ったって 既に生まれてしもうた僕なんだから/僕なんです

 この詩の題は「数学」。不思議に思ったが、答えが必ずでてくる「数学」。それに対する、貘さんの気持ちが「数学」と表題を書かせたのではないだろうか。
 「文明」という言葉に対しても貘さんは、便所の汲み取りの仕事をしているとき、次のような詩を書く。 
 ソビエット・ロシアにも/ナチス・ドイツにも/ま た戦車や神風号やアンドレ・ジイドに至るまで/文 明のどこにも人間がばたついていて/くさいち言う には遅かった (鼻のある結論)

別の詩では

 文明どもはいつのまに/生まれかわりの出来る仕掛 の新肉体を発明したのであろうか/神は郷愁におび えて起きあがり/地球の飢えに頬杖ついた//そこ らにはばたく無数の仮定/そこらを這い擦り廻って は血の音たてる無数の器械/(夢みる神)

 物理や数学の発展がもたらした文明。それは同時に大量破壊兵器も生み出す。貘さんは文明の発展がもたらす、戦争や主義のぶつかり合い。多くの破壊を見ていたのではなかったか。地球を肌に感じていたからこそ、見つけた視点のように感じる。
 もう一つ貘さんを支えたものに命のつながりという視点がある。「喪のある景色」には、親の前に、親があり、その親の親、子のあとに子の子、と詩は書かれ、最後に次のように締められる。
 
 未来の涯へ続いている/こんな景色のなかに/神の バトンが墜ちている/血に染まった地球が落ちてい る

1937年日本は中国との全面戦争を始め、41年太平洋戦争に突入する。多くの詩人が戦意高揚の詩を書いていた時代。命のつながりを断ち切る戦争がある。貘さんは「だだ だだ」と「紙の上」で叫んでいた。

 戦争が起き上がると/飛び立つ鳥のように/日の丸の翅を押しひろげそこからみんな飛び立った//一匹の詩人が紙の上にいて/群れとぶ日の丸を見あげては/だだ/だだ と叫んでいる (紙の上)

だだ、だだと書く貘さん。僕にはいやだ、いやだ、と聞こえて仕方がない。国家総動員体制で戦争協力を求められた時代に抗った、詩人の思想を感じるのだ。
 1945年敗戦後、貘さん34年ぶりに沖縄の地に立つ。沖縄の言葉で挨拶すると、やまとことばで返事が返ってくる。貘さんが沖縄を出立し、東京で暮らした時代は、沖縄の言葉が奪われた時間だった。沖縄には基地が居座っている。太平洋では原爆実験がおこなわれている。「鮪に鰯」には暮らしから始まって、原爆実験を作品にしていく。

鮪の刺身を食いたくなったと/人間みたいなことを 女房が言った/言われてみるとついぼくも人間めいて//鮪の刺身を夢みかけるのだが/死んでもよければ勝手に食えと/ぼくは腹だちまぎれに言ったのだ/女房はぷいと横にむいてしまったのだが/亭主も女房も互いに鮪なのであって/地球の上はみんな鮪なのだ/鮪は原爆を憎み/水爆にはまた脅かされて/腹立ちまぎれに現代を生きているのだ/ある日ぼくは食膳をのぞいて/ビキニの灰を被っていると言った/女房は箸を逆さに持ちかえると/焦げた鰯のその頭をこづいて/火鉢の灰だとつぶやいたのだ

「僕は文明をかなしんだ」と書き残した貘さん。示唆されるものを沢山感じさせてくれる詩人だった。