言の葉周遊(あきおの読書日記)

読んだ本、気になる言葉、詩を書いていきます

木島始ノート

読書ノート 木島始を読む

 復刻版木島始詩集を手に取った。1953年に発行されたこの詩集は、木島の原点を表す詩集となっている。1928年生まれの木島にとって、思春期、青年期は戦争への国家総動員体制から敗戦、戦後の混乱と社会運動に翻弄された時代だった。
 わが年代記と題された章では冒頭に「起点1945年」が置かれる。この詩では空襲による恐怖、緊張が描かれる。この緊張感は行間に満ちている。そして最後の部分で「そして あの日 突如として   歴史の姿は あかるみにでた」と書かれる。次に続くのが「戦後 1946年」「ぼくは飢える ぼくは買い出しする ぼくは・・・ 」 と最後まで ぼくは ぼくは と続く36行の詩は、戦後の混乱と生きる姿を見事に映し出している。
 わが年代記と書かれたこの章には1952年に5月に発生した血のメーデー事件のことも詩の題材になっている。「きみも見たろう てのひらに感じたろう かれらは射つ 同志はたおれる 砂埃はまいあがる」「傷ついたひとは 引きずりまわされ 指先はちぎれ 女の髪はずたずたになる その白いふくらはぎは たちまち靴の鋲のふんずける真黒の内出血だ」このような描写が続く。ここでの描写は、いまミャンマーでおこなわれている民衆の虐殺を想起させる。同じ地球上で起こっていることに、どうとらえればいいのか。整理が着かないままでいる。
 「動物 鉱物 植物」の章では観察者としての木島の眼がある。牛が屠場へ送りこまれる描写や通勤する人々描かれる。この観察にも木島の思想が伺われる。描写には迫力があるし、ひかれる。そして主婦を描いた詩には、木島の優しさ人間性が感じられてほっとする。このころに恋をするのだろう。ここで書かれる愛の詩は少し甘い。1970年以降に書かれた愛の詩のほうがずっと練れている感じがした。
 この詩集で圧巻なのは「星恾よ 輝け」 「蚤の跳梁」だ。どちらも長詩。前者は放送のために と副題がふってある。学童疎開の少年少女を描いた長詩。1952年作となっているから敗戦から7年。学童疎開、空襲による死、こういう離別は多くの人が生々しく記憶に残っている時代。放送されたとしたら強い共感を生んだだろう。後者の「蚤の跳梁」は戦前、戦中、戦後を生き抜いた知識人「かれ」が主人公になる。「かれ」は軍隊のそれぞれの派閥からも重宝される将校になる。そして海外へも視察に行く。ヨーロッパにおけるアジア人、アジアの中で優越的地位を保とうとする日本人、その「かれ」は中国戦線で細菌兵器作る731部隊に所属する。極東裁判に目を配りながら、戦後もGHQに取り入り生き残っていく。731部隊のことをこのように詩にしていたことに驚いた。
 続いて1975年以降の木島の詩を読んだ。年齢でいえば50歳を超え、詩人、作家、翻訳家、英米文学者として活躍していた。このころの詩にも社会批評精神は旺盛だ。日本が共和国になった想定で書かれた「日本共和国初代大統領への手紙」も面白い。天皇陵と指定されているものを考古学せよ、という手紙だが。かつて神格化されて、国民を苦しめた元凶に迫っている。「キド」という作品には金大中金芝河も登場させる。アジアへの思いを描いた作品。侵略をなかったことのことのようにする風潮に「キド」韓国語の「祈り」という言葉を立たせる。
 社会批評をぶつける詩も演説になっていない。これが、木島始という人の魅力なんだろう。ユーモアがある。「女のかがやき」には竹を見ると思ううた、と副題が書かれている。
竹取物語からヒントをえて詩にした作品。天子様からのプロポーズを断るかぐや姫。「こんなおおっぴらな いやだ たいしたことないや の科白// それから千年ものあいだに/すこしも聞かれなかったな//天子さま はねのける光もつ/そのちっちゃな女からいがい」
恋の歌、愛の歌も素敵だ。愛を感じさせるから社会批評も生きる。木島は歌の詩もたくさん作った。韻、リズムも意識して詩を完成させていく。「あいまいでない愛のうた」の冒頭「続く声しだい 相手しだいで めまぐるしい/あは 暗々に 心ひろげる 始まりの字だ/ああ に逢わなければ 愛はない/あかくならないでは 愛ではない/あさましくなるようでは 愛ではない/あたらしさを感じさせないようでは 愛ではない/あなに入りこみたくならないようでは 愛ではない/あっはっはっはっと笑いあえないでは 愛ではない/」「くちずけ」という詩もなまめかしい。「いまを喜ぶからには/もう死んでもいい喜びをと/体の奥から瞳が緊急信号を明滅させるものだから/ただちに あらゆる信号無視の誘惑へと/おたがいの唇がくすぐったそうに砥めだして」と書く。「天空つづれ織り」は熟年の愛を描いた作品。
 翻訳家、絵本作家であった木島始。木島のまとまった詩集は手に入りにくい。もっと読まれてもいいのにと思う。